IRON-ION SUPPLY MATERIAL
本発明は鉄イオン供給材料に関し、特に、植物に対して鉄イオンを効率的に供給できる鉄イオン供給材料に関するものである。
鉄は、植物の育成に不可欠な16種類の元素の1つであり、光合成や呼吸、窒素同化、窒素固定といった、多くの植物体内の酸化還元反応や生合成反応に関与するシトクロームなどのヘム鉄として、あるいは、フェレドキシンなどの非ヘム鉄として、多くの電子伝達タンパク質や酵素タンパク質に結合して機能している。
植物は、こうした鉄を二価の鉄イオンとして吸収するが、二価の鉄イオンを吸収できない状態になると、例えばイネの黄化現象として見られるように、新芽の生育不良を引き起こし、生産性が低下してしまう。また、老朽化した水田では、作土に含まれる二価の鉄イオンの濃度が低いが、このような作土において硫酸アンモニウムのような硫酸イオンを含む肥料を多用すると、生成した硫化物が硫化鉄として除去されず、イネの根は硫化水素による障害を受けてしまう(例えば、非特許文献1参照)。よって、植物の健全な育成のためには、植物に二価の鉄イオンを安定的かつ持続的に供給することが肝要となる。
これまで、植物に二価の鉄イオンを安定して供給する様々な技術が提案されてきた。例えば、特許文献1には、鉄イオン供給材料が酸化鉄および/または金属鉄含有物質と、グルコン酸またはグルタミン酸である有機酸とを含む構成とすることにより、溶解性鉄を長期間に亘って安定して供給する技術について記載されている。
しかし、発明者らが、特許文献1に記載された鉄イオン供給材料を用いて植物、例としてイネの栽培を行ってみたところ、鉄イオンをイネに対して効率的に供給できず、イネの収穫量が所期したほど増加しないことが判明した。
発明者らは、上記課題を解決する方途について鋭意検討した結果、鉄イオン供給材料を鉄粉で構成し、この鉄粉に含まれる鉄の含有量を高め、かつ鉄粉の粒径を適切な範囲に調整することが極めて有効であることを見出し、本発明を完成させるに到った。
すなわち、本発明の要旨構成は以下の通りである。
(2)前記鉄粉はアトマイズ鉄粉である、前記(1)に記載の鉄イオン供給材料。
(3)前記鉄粉が0.4質量%以上1.5質量%以下の酸素を含む、前記(1)または(2)に記載の鉄イオン供給材料。
(4)前記鉄粉が0.6質量%以上1.2質量%以下の酸素を含む、前記(3)に記載の鉄イオン供給材料。
本発明によれば、鉄イオンを供給する材料を、80質量%以上の鉄を含み、100μm以上10mm以下の粒径を有する鉄粉で構成したため、高濃度の鉄を含む鉄イオン供給材料を植物の根の近傍に配して、植物に対して二価の鉄イオンを効率的に供給することができる。
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明に係る鉄イオン供給材料は、植物の生育に寄与する鉄イオンを供給する鉄イオンの供給源となる鉄イオン供給材料である。ここで、この鉄イオン供給材料は、80質量%以上の鉄を含む鉄粉からなり、鉄粉全体の50質量%以上が100μm以上10mm以下の粒径を有することが肝要である。
発明者らは、特許文献1に記載された鉄イオン供給材料を用いて稲作を行った結果、イネに鉄イオンを効率的に供給できなかったことを受けて、まず、その原因について詳細に調査した。上述のように、特許文献1においては、鉄源としてスラグを用いることを前提としている。そして、スラグは酸化鉄、酸化カルシウム、および二酸化ケイ素を主成分とし、鉄の含有量は低いため、発明者らは、当初、この低い鉄の含有量が植物に鉄イオンを効率的に供給できなかった主因であると考えた。
そこで、発明者らは、鉄源として鉄粉を使用し、この鉄粉に含まれる鉄の含有量とイネの収穫量との関係について詳細に調査した。その結果、鉄粉に含まれる鉄の含有量が80%以上の場合にイネの収穫量が増加し、イネに対して鉄イオンをより効率的に供給できた。しかし、イネの収穫量は、供給した鉄粉の量を考慮すると当初の予想を下回るものであるため、発明者らは、この原因についてさらに調査した。その結果、イネに鉄イオンを供給する上で、鉄粉が必ずしも適切な位置に配されていないことが判明した。
すなわち、供給した鉄粉は、水田の深さ方向に広く分布しており、粒径の小さな鉄粉は水田の表面近傍に多く存在する一方、粒径の大きな鉄粉は水田の深い位置に存在しており、イネが鉄イオンを吸収できる根の近傍に配されていない鉄粉が多いことが判明した。そこで、鉄粉を植物の根の近傍に配して、植物に鉄イオンを効率的に供給できる方途を鋭意検討した結果、鉄粉の粒径範囲を100μm以上10mm以下とすることが極めて有効であり、さらに鉄粉全体の50質量%以上が上記粒径範囲にあればよいことを見出し、本発明を完成させるに到ったのである。以下、本発明に係る鉄イオン供給材料の各構成について説明する。
まず、鉄粉に含まれる鉄の含有量は80質量%以上とする。鉄粉に含まれる鉄の濃度は、植物に鉄イオンを供給する効率を左右する主因である。上述のように、特許文献1に記載された技術においては、スラグを用いることが前提となっており、これによって、イネに対して鉄イオンを効率的に供給することができなかった。この点、本発明においては、鉄粉に含まれる鉄の含有量を80質量%以上とするため、植物に対して十分な濃度を以て鉄イオンを供給することができる。また、従来のスラグを用いた場合には、鉄イオンの含有量が少ないために鉄イオン以外の成分が多く、鉄イオン供給材料自体の体積が大きくなる問題があったが、本発明に係る鉄イオン供給材料においては、鉄以外の成分が少ないため、このような問題は存在しない。好ましくは、99質量%、より好ましくは99.5質量%である。
また、鉄粉の粒径は、100μm以上10mm以下とする。上述のように、鉄粉の粒径は、鉄粉を植物の根の近傍に配して鉄イオンを植物に効率的に供給する上で極めて重要な因子である。鉄イオン供給材料は、田畑に撒いたり、あるいは田畑を耕した際に土に混ぜることにより植物に供給するが、粒径が100μm未満の場合には、風で飛ばされたりして植物の根が鉄イオンを吸収できる領域(具体的には、田畑の表面から0(地表)cm以上100cm以下の深さ領域までの領域)に定着しないおそれがあり、また、定着したとしても、植物の根から離れた田畑の表層域に定着してしまい、植物に鉄イオンを効率的に供給することができない。一方、粒径が10mmを超える場合には、植物の根の位置よりも深い位置に分布し、鉄粉が高い含有量で鉄を含んでいたとしても、鉄イオンを植物に効率的に供給することができなくなる。このような理由により、鉄粉の粒径を、100μm以上10mm以下とする。好ましくは100μm以上5mm以下、より好ましくは100μm以上1mm以下である。
また、上記粒径範囲は、鉄粉全体の50質量%が満たしていればよい。好ましくは70質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは100質量%である。
なお、本発明において、鉄粉の粒径は篩いにより調整する。すなわち、100μm以上10mm以下の粒径を有する鉄粉は、10mmの篩いを通過した鉄粉を100μmの篩いで篩い、篩いの上に残った鉄粉である。
鉄粉としては、例えばミルスケール(酸化鉄)をコークス等(炭材)で還元した後、水素雰囲気で熱処理(還元処理)して製造される還元鉄粉や、溶鋼を高圧水で粉化して冷却した後、水素雰囲気で熱処理(還元処理)して製造されるアトマイズ鉄粉を使用することができる。また、アトマイズ鉄粉は、必ずしも純鉄粉とする必要は無く、合金鉄粉でもよい。還元鉄粉やアトマイズ鉄粉は、通常、99質量%を超える鉄を含んでおり、二価の鉄イオンを植物に効率的に供給することができる。このうち、製造コストが低いことから、アトマイズ鉄粉を用いることが好ましい。
このような本発明に係る鉄イオン供給材料を田畑に供給すると、根の周辺に存在する鉄イオン供給材料近傍の外部水に二価の鉄イオンが溶出する。鉄粉は、表面は薄い酸化鉄の層(内部は結晶粒)で構成される。表面が外部からの水によって濡れ、まず表面の酸化鉄層から二価の鉄イオンが溶出する。溶出が進み、酸化鉄の層が消失すると、水は鉄粉の内部の結晶粒界に浸透し、結晶粒が順次水と接触して鉄粉の表面から二価の鉄イオンが溶出する。水は鉄粉の内部に浸透し、更に二価の鉄イオンを溶出する。また、二価の鉄イオンが酸化されて三価の鉄イオンになった場合も、鉄粉中に存在する水素により還元される。このような原理により、二価の鉄イオンが長期にわたり供給される。アルカリ土壌の場合においては、一般に鉄が水に溶けにくい水酸化第2鉄Fe(OH)3となり、植物は吸収が困難である。しかし、鉄粉中に存在する水素が三価の鉄イオンを二価の鉄イオンに還元するため、植物が吸収できるようになる。
以上の本発明に係る鉄イオン供給材料において、酸素濃度が0.4質量%以上1.5質量%以下とすることが好ましい。鉄粉粒子が酸素を含むと、鉄と酸素が反応して四酸化三鉄(Fe3O4)の皮膜が形成され、この四酸化三鉄は二価の鉄イオンの供給源となる。ここで、酸素の濃度を0.4質量%以上とすることにより、二価の鉄イオンの供給源となる四酸化三鉄を効率的に形成できるようになる。一方、酸素濃度が高い場合、鉄粉の表面の酸素濃度が高い状態であり、具体的には鉄粉の表面の酸化鉄の層が厚く、鉄粉内の結晶粒界に水が浸透し、鉄粉を形成する結晶粒の周りから二価の鉄イオンが溶出する効果が得られにくい。しかし、1.5質量%以下とすることにより表面の酸化鉄の被覆率や酸化鉄厚みを最適化し、鉄粉内の結晶粒界に水が浸透するから長期にわたり二価の鉄イオンを供給することができる。より好ましくは、0.6質量%以上1.2質量%以下である。
なお、本発明において、「鉄粉の酸素濃度」は鉄粉全体の平均の酸素濃度であり、酸溶解法により鉄粉を溶解して測定された酸素濃度を意味している。
通常、アトマイズ鉄粉における酸素濃度は0.3質量%程度であるため、上記範囲の酸素濃度は、通常のアトマイズ鉄粉における酸素濃度よりも高い。上記範囲の酸素濃度を有する鉄粉は、例えば、アトマイズ鉄粉の製造工程において、最終還元工程を省略することにより、得ることができる。すなわち、アトマイズ鉄粉は、上述のように、溶鋼を高圧水で粉化して冷却した後、水素雰囲気で熱処理(還元処理)することにより得られるが、冷却過程において、温度の高い粒滴と水との間に形成された蒸気境膜や雰囲気ガス(空気)から酸化されて、鉄粉粒子の表面には四酸化三鉄(Fe3O4)の皮膜が形成され、上述のように、この四酸化三鉄は二価の鉄イオンの供給源となる。また、鉄粉粒子表面の四酸化三鉄が消失した後も、上述のように、純鉄から二価の鉄イオンが形成され続けるため、植物に二価の鉄イオンを供給し続けることができる。通常、この皮膜は、水素雰囲気における熱処理により還元され、鉄粉の酸素濃度は低下するが、水素雰囲気における熱処理(すなわち、還元工程)を省略することにより、上記した、0.4質量%以上1.5質量%以下の酸素を含む鉄粉を得ることができる。
なお、アトマイズ鉄粉に含まれる酸素濃度を0.4質量%以上1.5質量%以下の範囲に調整するためには、具体的には、粉化および冷却過程における雰囲気ガス中の酸素濃度を調整すればよい。
このように、本発明に係る鉄イオン供給材料により、高濃度の鉄を含む鉄イオン供給材料を植物の根の近傍に配することができるため、植物に対して二価の鉄イオンを効率的に供給することができる。
<鉄粉の製造>
<収穫もみ重量の評価>
本発明によれば、鉄イオンを供給する材料を、80質量%以上の鉄を含む鉄粉からなり、鉄粉全体の50質量%以上が100μm以上10mm以下の粒径を有する鉄粉で構成したため、高濃度の鉄を含む鉄イオン供給材料を植物の根の近傍に配して、植物に対して二価の鉄イオンを効率的に供給することができるため、農業に有用である。
Provided is an iron-ion supply material capable of efficiently supplying iron ions to a plant. An iron-ion supply material serving as an iron-ion supply source for supplying iron ions which contribute to the growth of a plant, the iron-ion supply material being characterized by comprising an iron powder having an iron content of 80 mass% or higher, and in that the particle diameter of at least 50 mass% of the iron powder overall is 100μm to 10mm, inclusive.
植物の生育に寄与する鉄イオンを供給する鉄イオンの供給源となる鉄イオン供給材料であって、
前記鉄粉はアトマイズ鉄粉である、請求項1に記載の鉄イオン供給材料。
前記鉄粉が0.4質量%以上1.5質量%以下の酸素を含む、請求項1または2に記載の鉄イオン供給材料。
前記鉄粉が0.6質量%以上1.2質量%以下の酸素を含む、請求項3に記載の鉄イオン供給材料。
そこで、本発明の目的は、植物に対して鉄イオンを効率的に供給できる鉄イオン供給材料を提供することにある。
(1)植物の生育に寄与する鉄イオンを供給する鉄イオンの供給源となる鉄イオン供給材料であって、80質量%以上の鉄を含む鉄粉からなり、鉄粉全体の50質量%以上が100μm以上10mm以下の粒径を有することを特徴とする鉄イオン供給材料。
以下、本発明の実施例について説明する。本発明に係る鉄イオン供給材料の植物への鉄イオン供給能力を評価するために、まず、表1に示した鉄の含有量、粒径および酸素濃度を有する鉄粉をそれぞれ用意した。ここで、発明例1~14および比較例1~3はアトマイズ鉄粉であり、発明例15は還元鉄粉である。比較例1は、鉄粉の鉄の含有量が75質量%に調整されている。また、比較例2は、鉄粉の粒径を0.09mm以下に、比較例3は、鉄粉の粒径が11mm以上15mm以下にそれぞれ調整されている。なお、表1における粒径は、例えば発明例1の場合、0.2mm(上限値)の篩いを通過した鉄粉を0.1mm(下限値)の篩いで篩い、篩いの上に残った鉄粉についての粒径の範囲を意味している。また、発明例9~14については、アトマイズ鉄粉の製造工程における還元工程を省略することによって製造し、各鉄粉の酸素濃度が表1に示された値となるように調整した。
このように用意した発明例1~15、比較例1~3、従来例1および2の鉄粉を田に撒いて稲作を行い、収穫したもみの重量を以て、イネに対する鉄イオンの供給能力を評価した。ここで、鉄粉を供給しないでイネを栽培した場合(従来例1)の収穫もみ重量を100として、各鉄粉に対する収穫もみ重量を数値化しており、値が大きい方が収穫もみ重量が多く、二価の鉄イオンの供給能力が高いことを示している。
表1を見ると、全ての発明例の鉄粉が、従来例1に比べて5%以上収穫もみ重量が増加していることが分かる。また、鉄粉がアトマイズ鉄粉である発明例2、3および9~14の場合には、鉄粉を使用しない従来例に比べて8%以上収穫もみ重量が増加していることが分かる。さらに、酸素濃度が0.4質量%以上1.5質量%以下のアトマイズ鉄粉の場合には、収穫もみ重量が10%以上増加し、特に、酸素濃度を0.6質量%以上1.2質量%以下の場合には、収穫もみ重量が15%以上増加することが分かる。このように、本発明により、植物に対して二価の鉄イオンを効率的に供給できていることが分かる。
80質量%以上の鉄を含む鉄粉からなり、鉄粉全体の50質量%以上が100μm以上10mm以下の粒径を有することを特徴とする鉄イオン供給材料。